「ダンボールに不可能はない」 未経験から広報へ。都留で紡ぐ、感謝を伝える仕事
木村 仁紀(きむら まさき)さん

株式会社ユーシン 広報
木村 仁紀(きむら まさき)さん
山梨県都留市でダンボール製品の企画・製造を手がける株式会社ユーシン。
今回は、社内広報として社員の想いや会社の魅力を発信している木村さんにインタビューしました。
魂を揺さぶられた「仕事は人生を豊かにする手段」という言葉

― どのような経緯でユーシンに入社されたのですか?
私は都留市の出身で、地元の都留文科大学を卒業しました。前職までは学校の事務職をしていたのですが、契約が満了するタイミングで、合同就職説明会に足を運んだことがきっかけでした。
そこで、一際目を引くダンボールのブースと、「ダンボールに不可能はない」という力強いキャッチコピーに出会いました。何より心を動かされたのは、社長がおっしゃった「仕事は人生を豊かにする手段でしかない」という理念です。
「会社のために自分を削るのではなく、自分の人生を豊かにするために働く」。その考え方に深く共感し、「この社長のもとで、新しい挑戦をしてみたい」と、その場で履歴書を提出しました。製造業という未知の世界への不安よりも、ワクワクする直感が勝った瞬間でした。
― 全くの異業種への挑戦に、不安はありませんでしたか?
正直、製造業という「畑違い」の場所に行く不安はありました。そんなとき、私の目標でもある自慢の兄が、ユーシンのホームページを見て「かっこいい会社じゃないか」と太鼓判を押してくれたことも大きかったですね。入社して1年ほどになりますが、今は広報という重要な役割を任せていただき、会社の魅力を外に伝える責任とやりがいを肌で感じています。
「書くこと」への情熱が、職人と読者を繋ぐ架け橋に

― 現在はどのようなお仕事をされているのですか?
主に広報として、社内報の作成を担当しています。この広報誌は、現場で働く社員の仕事へのこだわりや、趣味の話題といった社内コミュニケーションを活性化させる内容を盛り込みながら毎月発行されており、社内スタッフだけでなく、来訪されたお客様へも配布されています。
広報として記事を書いている時間は、私にとって一番「心地よい」ひとときなんです。実は中学時代から書くことが大好きで、夢中になって400ページもの小説を書き上げたこともあるくらいなんです。まさか当時の情熱が、今の仕事のベースになるとは思ってもみませんでした(笑)
一方で、広報の仕事には文章力だけでなく、相手の本音を引き出す「取材力」も欠かせません。そこで活きているのが、大学時代のサークル活動だと思います。「まちづくり」のサークルに所属し、地域の方々と深く触れ合ってきた経験が、今の「現場の職人さんの想いを聞き出す」というプロセスにそのまま繋がっています。
一人ひとりのこだわりを丁寧に取材し、自分の言葉で記事にする。自分の「書く能力」と「地域で培った対話力」が、会社の魅力を広める力になっていると実感できるのが嬉しいですね。
― お仕事の中で、特に嬉しかったエピソードはありますか?
現場の上司がお客様に対して「これ、木村が作ってるんだよ」と広報誌を紹介してくださった時は、認めてもらえたんだ、という嬉しさで胸がいっぱいになりました。
もちろん「締切」に追われたり、クオリティに悩んだりすることもあります。未経験の自分を広報に抜擢してくれた社長に対し「自分はちゃんと結果を出して恩返しができるだろうか」という強い不安を抱えていました。
メンタルがやられそうになる時もありましたが、社長に相談すると「一人で抱え込まなくていい、僕は木村君が作った広報誌を待っているよ」と声をかけてくださったんです。
入社以来、編集長(社長夫人)のサポートを受けながら毎月発行を続けてきた広報誌ですが、この言葉に背中を押され、大きな一歩を踏み出すことができました。先日発行した「第7号」からは、初めてレイアウトから全て自分一人の力で作り上げることに挑戦し、独り立ちすることができたんです。
そんな温かな期待に支えられながら、一歩ずつ成長できていると感じます。
「ありがとう」を価値に変え、製造業のイメージを塗り替えたい

― お仕事の中で、やりがいを感じる瞬間はありますか?
広報誌を通じて、社員同士の新しい繋がりが生まれることも大きな喜びです。記事をきっかけに、普段あまり接点のない部署の方同士で会話が弾んだり、職人さんたちの意外な一面や共通の話題が社内に広まったりと、組織の空気が温かくなっていくのを実感しています。
普段は黙々と作業に打ち込む皆さんの素敵な素顔を自分の言葉で引き出し、社内を繋いでいく。自分の書いた記事が「現場の笑顔」に変わる瞬間を目の当たりにできるのは、広報ならではの手応えですね。
― 広報として、これから挑戦したいことはありますか?
今後は、ユーシンの「ありがとう(感謝)」を大切にする社風を、SNSなどを通じてもっと外に発信していきたいです。製品の素晴らしさだけでなく、ここで働く人たちの温かさや想いを届けることで、読み手が少し優しい気持ちになれるような発信を目指しています。
また、広報の力で「製造業=きつい、大変」という従来のイメージを変えていきたいという目標もあります。最新の技術や、アニメキャラクターなどのIP事業への展開など、ユーシンにはワクワクするような挑戦がたくさんあります。「こんなに格好良くて、温かい会社が地元にあるんだ」と、若い世代にも感じてもらえるような発信をしていきたいです。
成果を出すからこそ、自分自身の人生も大切にできる

― 職場の雰囲気、働きやすさについてどのように感じていますか?
ユーシンは20代から70代と、幅広い年齢層の方が働いていますが、本当に温かい人が多いです。親と同じくらいの世代の方も多いのですが、体調を崩した時などは「大丈夫?」とすぐに声をかけてくれます 。
「プロとして良い仕事をする」という大前提があるからこそ、会社は私たちの生活を最大限尊重してくれます。有給休暇についても、社長自ら「100%消化してほしい」という考えをもっていて、社員が休みを取ることを当然の権利として大切にする文化があります。急な体調不良の際も、社内チャットツールのSlack(スラック)でスムーズに連携が取れるため、精神的なストレスを感じることはありません。
― 1日のスケジュールについて教えてください。
朝は8時半に出社し、朝礼から一日が始まります。午前中は広報誌の編集や取材の調整といったデスクワークに集中することが多いですね。お昼休みには、近所を散歩して都留の澄んだ空気を吸い、心をリセットするのが日課です。
午後は15時から15分間のリフレッシュ休憩を挟み、再び業務に取りかかります。そして何より嬉しいのは、残業がほとんどないことです。17時半の終業とともに「お疲れ様でした!」と退社できるので、オンとオフをしっかり切り替えて自分の時間を大切にできています。
― 休みの日はどのように過ごされていますか?
休日は、大好きな執筆活動をしたり、市内のジムで体を動かしたりしています。ジムで汗を流したあとは、お気に入りのカフェでゆっくり過ごしています。
自宅の近所を散歩しながら「次の広報誌はこんな内容にしよう」とアイデアを練ることもあり、都留の自然がクリエイティブな刺激にもなっています。
未経験からでも「やりたい」を形にできる場所

― 全くの未経験から、短期間で独り立ちできたのはなぜだと思いますか?
もちろん最初は手探りでしたが、ユーシンには「まずはやってみよう」と背中を押してくれる文化があります。社長や編集長が、私の「書きたい」「作りたい」という意欲を尊重し、失敗を恐れずに挑戦させてくれました。 専門的なスキルも大切ですが、それ以上に「伝えたい」という熱意をしっかり受け止めて、一緒に育ててくれる環境があったからこそ、今の自分があるのだと感じています。
― 求職者へのメッセージをお願いします!
私自身、学校事務から製造業の広報へという、全く畑違いの転職でした。正直、最初は不安の方が大きかったです。でも入社からわずか1年で、広報誌のレイアウトから編集まで一人で手がけられるようになれたのは、社長や編集長が「一緒に育てよう」としてくれる環境があったからだと思っています。
これは、私だけに起きた特別なことではないと思います。やりたいという気持ちさえあれば、経験やキャリアに関係なく、ちゃんと応えてくれる場所がここにはあります。
都留には自然もあれば、温かい人がたくさんいます。慣れ親しんだこの土地で、自分の「やりたい」を後押ししてもらえる環境が整っています。異業種からの転職を考えている方も、ぜひ一歩踏み出してみてください。
取材後記
物静かな語り口の中に、文章や広報に対する並々ならぬ情熱を秘めている木村さん。 学校事務から製造業の広報、という異色のキャリアチェンジですが、その根底には「地域や会社に貢献したい」という真っ直ぐな想いがありました。
「ダンボールの可能性」を信じるユーシンの文化と、木村さんの「言葉の力」が合わさることで、これからどんな新しい発信が生まれるのか、非常に楽しみです。
